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「コミュニティと防災」質問への回答(第4回)

Q.メンテナンス費よりも新規事業費の方が安いのなら、新規事業へと移し替えていくことはできないのか。
A. 誤解があったようです。既存のものを壊して新たに作り直すほうが安上がりだという意味ではありません。個別の構造物に関して言えば、当然のことながらメンテナンスする方が圧倒的に安いです。そういうことではなく、国が行う河川関係の公共事業全体に占める割合として、新規事業費よりもメンテナンス費の方が大きくなっているということです。要するに、高度経済成長期に作った人工構造物の劣化が進み、それらを維持するための費用がかさんでいるので、新規事業に振り向けられる予算が相対的に減少し始めているということです。今後も、新規で作れば作るほど、その分、数十年後のメンテナンス費はそれだけ膨らんでいくことになります。

Q.河川から話は少しそれますが、河川改修以外の自然災害への対策事業で、周りの国から見て遅れているものはありますか。
A. 欧米では、被災した場合の制度を充実化させているところもあります。つまり、被災することをある程度前提としているということです。日本の場合は、被災させないことを目標としていますし、「ダムや堤防があれば安全」という意識が浸透しているためか、洪水被害を受けた場合の保険制度はほとんど考慮されていません。技術にも限界はありますし、堤防建設のコストの問題も解消されているとは言えません。そうしたことを、流域の住民がきちんと意識する必要があると思います。その意味で、日本が最も遅れていることと言えば、リスクに直面した時に、個人として、あるいはコミュニティとして、どう対処するか。被害を少しでも減らすためにどのように行動すればよいかという意識を持っていないということでしょう。これらは「遅れている」というよりも、忘れてしまっているといえるかもしれません。治水が行政任せになる以前は、集落単位、地域単位で防災意識は形成されていましたし、リスク対応の知恵は伝承されていました。また、被災した場合の「見舞い慣行」という互助的制度を持っていた地域もありました。これらのソフト面の対応が失われたことが、被災リスクを高める大きな一因になっていると思われます。

Q.日本の治水工事が完璧と言える状況にまでなるのに、実際どれくらいの時間がかかると思いますか。
A. 嫌味な言い方をすれば、おそらく永遠に終わらないと思います。

Q.河川工事をすることによって、環境や生態系に大きな影響を与えることはないのですか。
A. もちろん、工事の規模や内容にもよりますが、大変大きな影響を与えます。今回の授業では話しませんでしたが、環境保全と安全とのバランスをどうとるかは、コスト面での問題以上に、さらに難しい課題となりえます。1997年に河川法が改正されて「環境に配慮した川づくりを行うこと(多自然川づくり)」が法的に明記されましたが、20年たった今も、まだ試行錯誤の域を出ていません。

Q.スーパー堤防について、盛り土をするときに、その土地にある建物はいったん撤去しなければならないのですか。
A. もちろん、そうなりますね。むしろ、それが目的だろうという「噂」もあります。つまり、ガラガラポンをして区画整理を行うと。そうすれば、年に数百億円規模の公共事業を数百年間確保できるということにもなるわけですから、公共事業推進派にとっては美味しい案件になるのではないでしょうか? いや、あまりに穿ちすぎた見方かもしれませんが…。

Q.河川が蛇行している場合のデメリット、直進している場合のデメリットを教えてください。
Q.一度直線化した河川を曲げ戻す取り組みが最近行われているが、堤防で整備された直線の河川と、自然のままの蛇行した河川では、どちらの方が良いのか。

A. いろいろな観点がありますので、一言でどちらとは言えません。ごく限定的な観点を挙げておきます。治水の観点から言えば、蛇行していると、蛇行部の外側に水流が当たって堤防が切れやすくなりますので、直進させるほうが良いということになります。しかし、直進させると、側方の侵食作用は軽減されたとしても、下方侵食の作用が強くなりますので、河床の固定化という点で問題が生じます。そのために堰や床固めといった別の工事が必要になります。生態的な観点から言えば、蛇行していると淵や瀬が生じ、流れの遅いところ、速いところ、水深の深いところ、浅いところなどができます。流れが多様化し、それに合わせて生態環境も多様化します。魚や水生昆虫にとっては、休息場所や産卵場所の確保が容易になりますので、生物多様性という観点からすれば、蛇行している方が良いということになりえます。また、直進させると、その分、水が海に速く流れていきますので、地下への浸透率が下がります。農地開拓や住宅地開発という観点から言えば、利用できる土地が増えることになりますが、地下水の減少が周辺の土地の変化に悪影響をもたらすこともあります。
このように、どちらが良いとは一概には言えません。その場所特有の事情もあれば、立場によっても見方は異なります。治水を優先するか、生態系を考慮するか、景観面の要素をどう取り入れるか、それらによっても判断は異なってきます。もちろん、時代によってもそれらは変化するでしょう。ですから、異なる見解を持つ人たちが集まって、情報交換をしながら、どのあたりで折り合いをつけるのか、徹底した議論が必要になってきます。

Q.(3)の問題点のなかで、最も現実的に解決できそうなのは、事業のリスクの押し付け合いをなくすことだと思います。ですが、すぐになくなる気もしません。僕なんかは、なぜそんな押し付け合いをするのだろうと思いますが、なぜ上の人はそんな自己保身ばっかりになるのでしょう。先生の考え、解決案があれば聞きたいです。
A. かつて、堤防を作れば安心だ、ダムを作れば安全だと、行政が言ってきたという過去の経緯はあるでしょうが、それと同時に、住民が行政に期待し過ぎ、依存し過ぎであるという部分にも要因は求められます。1970~80年代にかけては、どこかで水害が発生したら、住民が行政を相手に訴訟を起こしていました。行政がしっかりしないから水害が発生するのだという論理です。危険な地域に住んでいる以上、そうしたリスクに対する自己防御策は住民自身もとる必要があると思うのですが、それをすべて行政の責任にするという風潮も確かに見られたわけです。そんな訴訟が頻発すれば、行政の側も保身に走らざるを得ないでしょう。洪水氾濫が発生するたびに住民から責任を問われるなら、自分の部署の担当箇所だけでも絶対守ろうとするのは、自然な流れだと思います。地域住民の無責任さと役所の責任感(≒保身)が悪い方向で連動したということかもしれません。解決策は、住民自身が自分の周りにどのようなリスクが存在するかを認識し、それに対する自己防衛策をどうとるかを真面目に考えるということに尽きると思います。行政にできることは限られています。きちんとしたリスク認識をした上で、何をどうすれば、どこまでリスク軽減できて、どのリスク軽減にどれだけの税金を使うのか、住民と行政か継続的にきちんと議論できる場を確保することが重要です。

Q.世界トップレベルの技術があるのに、治水工事はオランダやイギリスに比べて遅れていることや、提言されているスーパー堤防が完成までに400年係現実的でないように思えることを考えると、川そのものをどうにかする以外の方法を考える必要も大きいと思うのですが…。
A. まさにその通りだと思います。河川をコントロールできる技術には、今のところ限界があります。その限界を超える水害は頻繁に発生しています。洪水が起きても簡単には被災しないために、あるいは大きな被害から免れるために、どう対処すればよいのか、ソフト面での対応策を充実させる必要があると思います。

Q.こんなに川について考えるのは、日本が海に囲まれているからなのでしょうか。
A. それもあるかもしれません。日本は地盤が軟らかく、急峻な地形で、なおかつ雨量も多いので、山からの土砂供給は大変な量になります。また、それだけでなく、日本の近海には海溝を中心として深い海があります。山から流れてきた土砂も、海岸に堆積して広い陸地を形成するまでには至らず、すぐに深い海の底に落ちてしまいます。そのため、沿岸部も平地面積が極めて少なく、不安定な地形となっています。日本の都市のほとんどはそういった狭小で不安定な沿岸部の平地に立地しています。そして、そうした沿岸部の限られた平野部(都市部)に人口の7~8割が居住しています。これは世界的に見ても、非常にアンバランスな人口分布と言えます。大規模な水害が懸念される地域の多くは、こうした平野部の都市です。単に自然との闘いという観点から災害を捉えるのではなく、異常な人口集中を促してきた政策や、そういう人口を吸収するために作り上げられてきた都市構造のあり方そのものを問い直す必要があると思います。

Q.1000年に1度の水害を防ぐという説明をよく目にするが、僕は、人々を安心させるものにすぎないと思う。なぜなら、1000年だろうが1万年だろうが、明日には起きないという保証はどこにもないからである。そんな不確実なものにコストをつぎ込むぐらいなら、いつもなら防げる災害を防ぐことにコストをつぎ込んでいくことの方が大事だと思った。
A. まさにその通りだと思います。1000年に1度の洪水に耐えうる工事が完了していたはずのライン川で、21世紀に入ってからすでに2度の大洪水を引き起こしています。日本の河川は、ヨーロッパよりもはるかに急で、土砂供給も豊富で、なおかつ雨量も多く一定時期に集中しますので、極めて高い治水技術力をもってしても、100~200年に1度の洪水にしか対応できません。そんな洪水もいつ来るか分かりません。それに対処するにはどうすればよいでしょうか。われわれ市民が考えなければなりません。ただ、コストの問題もさることながら、様々な倫理的問題もクリアしなければなりません。防災を考える際に常に問題になるのは、人命が関わってくるということです。人命が関わる案件に、コスト-ベネフィットの考えを持ち込んでもよいのか、それ自体も合意形成が難しい問題なのです。

Q.下流を固めれば上流のリスクが増大するといったように、河川工事には常にリスクが伴うと思いますが、そのなかでも一番優先して固めるべきところはどこにあたりますか。
A. それこそ、きちんと議論しなければならないところです。基本的には、都市部(下流域)に人口と財産が集中しているので、下流を優先して整備するということになっていますが、本当にそれでよいのかどうか、ダム建設による立ち退き問題なども含めて、都市に住む皆さんにも考えて欲しいところです。


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